伸井太一
ドイツ文化・製品ライター。著作は『創作者のためのドイツ語ネーミング辞典 ドイツの伝説から人名、文化まで』など
名は体を表す、いや歴史も映し出す。1937年から40年頃、ヒトラーはオーストリアを併合し、チェコの一部を割譲させ、ポーランド、さらにはフランスを陥落させるなど、ナチ・ドイツは勢いに乗っていた。この時期、新生児の「アドルフ」ブームが起きていたのである。だが、41年から急激に減少。戦況悪化とヒトラー不信が背景だとされる。このように「国民の支持」は名前でも測定できる。ある研究者はこれを「アドルフ・カーブ」と呼んだ。
だが、支持を失ったかにみえた「アドルフ」は、その後も日本をはじめ世界中でイメージや象徴として生き続けた。本作で、私がドキッとしたのは「反ヒトラーだと言い張り、反ナチ番組に興奮する左翼」というセリフだ。映画序盤、本棚の「ある仕掛け」が分かってしまった私も、「アドルフ」の熱狂者なのだろう。
映画の中のお名前解説
アロイスやアントン
作中、レネが「解答」するアロイスやアントンは、前者がアドルフ・ヒトラーの父の名、後者がヒトラーを政党活動に引き入れた人物の名。これは、こじつけとも思えるが、知っていれば本作の愉しみも増すかもしれない
メルセデス
ベンツ車のことをドイツでは「メルツェーデス」と呼ぶ。実はメルセデス・イェリネクという少女の名から付けられた。彼女は、ヒトラーと同じ1889年生まれ。
アドルフ・グリンメ
作中で「善い」アドルフとして言及されるアドルフ・グリンメは、ヒトラーと生年が同じで、生地もヒトラーと「同じ川」沿いの人物。グリンメはナチ党と対立した社会民主党員であり、ナチ時代には迫害された人物。
映画と一緒に楽しみたいおすすめ本
伸井太一
『創作者のためのドイツ語ネーミング辞典 ドイツの伝説から人名、文化まで』
ホビージャパン、2019年
田野大輔・柳原伸洋(編)
『教養のドイツ現代史』
ミネルヴァ書房、2016年
アルヴィン・H・ローゼンフェルド
『イメージのなかのヒトラー』
(金井和子訳)未來社、2000年
佐藤卓己
『ヒトラーの呪縛 ―日本ナチ・カルチャー研究序説(上・下巻)』
中公文庫、2015年(新装版)
ジェイムズ・カー、アルチャナ・クマール
『総統はヒップスター』
(波戸岡景太訳)共和国、2014年