1965年11月15日パリ生まれ。代々続く貴族の家柄で、パリ高等映画学校(ESEC)に学び、 89年にエマニュエル・シルヴェストルとともに制作した短編“Gros”で一躍注目を集める。 その後、脚本家として活動するようになり、95年にベルナール・ノーエル監督の『ボクサー/最後の挑戦』で 脚本家として本格デビュー。99年には自身の監督デビュー作“Les Parasites”を撮り、 コメディ映画監督の礎を築く。05年には、ジャン・デュジャルダンを主演に迎えて “L’Amour aux trousses”を撮るがパッとせず、脚本家の仕事と両立させながら、11年、バンド・デシネをもとにした “L’Élève Ducobu”でスマッシュヒットを記録。翌年には続編となる“Les Vacances de Ducobu”でもヒットを飛ばし、 一躍その名を知られることとなった。そして14 年、本作『最高の花婿』を撮り、フランス映画史上に残る超特大ヒットとなり、 リュミエール賞のオリジナル脚本賞を受賞。
エミリー・ドゥルーズ(現代思想家ジル・ドゥルーズの娘)の処女監督作『新しい肌』(99)の脚本家としてデビューし、 03年にフランソワ・ドザニャとトマ・ソリオー監督の“La Beuze”の共同脚本家としてドゥ・ショーヴロンと協働したことをきっかけに意気投合。 以来、ドゥ・ショーヴロン作品の“L’Amour aux trousses”、“Les Vacances de Ducobu”、そして本作の脚本・台詞に参加し、絶妙のコンビぶりを発揮中。
1996年にヤン・クーネン監督の『ドーベルマン』やピーター・グリーナウェイ監督の『枕草子』などで撮影助手として就いたのを皮切りに映画の世界へ。 テレビのドキュメンタリー番組などの撮影を担当してキャリアを積み、90年代末より撮影監督として一本立ちする。 03年の“La Beuze”ほか、11年にはマリナ・ドゥ・ヴァンの『残酷メルヘン 親指トムの冒険』やミシェル・ルクレルクの『戦争より愛のカンケイ』の撮影も担当。
フランス・パリ生まれ。ミュージシャンとして活躍する一方で映画音楽も手がけており、05年のドゥ・ショーヴロン作品 “L’Amour aux trousses”で初めてスコアを提供する。その後も、ドゥ・ショーヴロン作品(“L’Élève Ducobu” “Les Vacances de Ducobu”) を手がけているほか、フレデリック・フォレスティエとトマ・ラングマンによる話題作“Star 80”(12 年)などにもスコアを提供。
90年代より美術畑で活躍を始め、主にコメディ作品で手腕を発揮してきた。一連のセドリック・クラピッシュ作品 (『猫が行方不明』(96年)、『パリの確率』(99年)、『スパニッシュ・アパートメント』(02年)など)のほか、 『ムッシュ・カステラの恋』(99年)、『真夜中のピアニスト』(05年)、『最強のふたり』(12年)、 『間奏曲はパリで』(13年)などなど、引く手数多の名美術監督。
80年代より衣装部門で活躍し始め、セドリック・クラピッシュの『百貨店大百科』(92年)や マリー= フランス・ピジエの“Comme un avion”(02年)、アニエス・ジャウィの監督作“Parlez-moi de la pluie”(08年)、 コスタ= ガヴラスのTV 用作品『ザ・キャピタル マネーにとりつかれた男』(12年)などなど、主に現代もので手腕を発揮している。