第71回ヴェネチア国際映画祭 栄誉金獅子賞受賞
巨匠フレデリック・ワイズマン監督が、
英国の〈小さな美術館〉が〈世界最高峰〉と讃えられる─その秘密に迫る!
「知りたいという欲求は、人間の良き本性である」と言ったのはレオナルド・ダ・ヴィンチだが、まさにその本性を追求して、人間の飽くなき好奇心に応え続ける男がいる。84歳にして、かつてカメラが立ち入ったことのない領域に踏み込んだ作品を、世に送り続けるタブーなき巨匠、フレデリック・ワイズマンだ。先ごろ開催された第71回ヴェネチア国際映画祭では栄誉金獅子賞に輝き、“現存する最も偉大なドキュメンタリー作家”の称号を、21世紀の映画史に華々しく刻みつけた。

 そんなワイズマンが30年もの間、いつか撮影したいと切望し続けた場所─それが、英国の国立美術館、ナショナル・ギャラリーである。ようやく、その野望を叶えた最新作が完成した。

 ロンドンの中心地であるトラファルガー広場に位置するこの美術館、所蔵作品は2,300点余りと決して多くはないが、年間500万人以上の人が訪れる世界トップレベル。しかし、建物や設備もパリのルーヴルやニューヨークのメトロポリタンに比べれば、小さな美術館だ。だが、それにもかかわらず、ナショナル・ギャラリーが紹介される時には、必ずと言っていいほど「世界最高峰」「英国の至宝」「驚異のコレクション」などの栄えある枕詞が惜しみなく散りばめられる。果たして、その理由は、いったいどこにあるのか? 1824年の設立から190年、人々に愛されつづける秘密とは─?
ナショナル・ギャラリー全館に3カ月間潜入、
すべてをありのままにカメラに収め、
アートの世界で遊ぶ喜びを贈る、
知性と心を刺激する至福のドキュメンタリー!
 オープニングの直後からスクリーンに躍るのは、美術館を訪れる人々へのヴァリエーションに富んだもてなしだ。スライド上映付きの講演会では、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、レンブラント、ターナー、ゴッホ、モネなど、綺羅星のごとく並ぶ選りすぐりの傑作によって、13世紀から20世紀初頭の西洋美術の流れを簡単につかむことができる。館内ガイドツアーでの、学芸員や専門家の工夫を凝らしたギャラリートークは、アートとの出会いをワクワクするような興奮に変えてくれる。本格的なデッサン教室や触れる絵画のイベントなど、ワークショップも斬新なアイデアに溢れている。

 驚くべきは、常設展への入場料もこれらのオプションも、すべてが無料だということだ。王家の秘蔵品を集めた他国の国立美術館と違って、ナショナル・ギャラリーは一市民のコレクションから誕生した。そんな由来からも、アートを楽しむことに、貧富や階級の差はないというスピリットを今も守り続けているのだ。

 続いてカメラは、ナショナル・ギャラリーの名を高めた、高度な修復作業を追いかける。百年以上の時を経て、画家が描いた当時の姿が甦るのは、もはや一大スペクタクルだ。X線分析によって、レンブラントやダ・ヴィンチの絵画の下から別の絵が浮かび上がるに至っては、上質のミステリーを紐解くよう。まるで命ある物を世話するように日々手を掛けるのは、絵画だけではない。額縁も新たに作られ、展示位置も定期的に見直され、照明は気が遠くなるほど繰り返し調整される。さらに奥の会議室へとカメラは進み、予算やPR、企業とのタイアップの是非など白熱の議論までが明かされる。

 ワイズマンの何一つ漏らしはしない眼を通して、私たちは気付く。この美術館の人気の秘密は、すべて愛と情熱にあることに。アートの素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたいという願いが、ナショナル・ギャラリーを夢の国に変えたのだ。

 そしてラストを飾るのは、ロンドン・オリンピックの記念に行われた英国ロイヤル・バレエ団との華麗なるコラボレーション。新鋭振付師ウェイン・マクレガーが、新作のインスピレーションを得たティツィアーノの絵画の前で、二人のプリンシパルが幻想的な踊りを繰り広げる。

 扉を開けると、そこでは時を越え美と歴史、幾つもの人生がめぐり逢う。発見と驚きに満ちた、今を生きる歓びが溢れる究極のドキュメンタリー、至福のひと時がここに─。