1966年11月23日、パリにて生まれる。父は名優として知られたジャン=ピエール・カッセルで、妹のセシルも女優として活躍中。ニューヨークのアクターズ・インスティテュートで演技を学ぶ。帰国後はモーリス・サラザンのもとで演技に磨きをかけ、1991年、フィリップ・ド・ブロカ監督の「Les Clés du Paradis」でデビュー。95年、マチュー・カソヴィッツが監督した衝撃作『憎しみ』のヴァンス役で一躍、注目を集め、セザール賞の有望若手男優賞、最優秀男優賞に同時ノミネートされる。96年にはジル・ミムーニ監督の『アパートメント』でのちのパートナーとなるモニカ・ベルッチと出会い、さらに翌97年、ヤン・クーネン監督のヴァイオレンス快作『ドーベルマン』で主役を演じて強い印象を残す。そして2001年には、『リード・マイ・リップス』でふたたびセザール賞の最優秀男優賞にノミネート。14年にはハリウッドにも進出し、『オーシャンズ12』、続く『オーシャンズ13』にも顔を見せ、08年、『ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵No.1と呼ばれた男』で主役のメスリーヌ役を迫真に演じて東京国際映画祭の主演男優賞をさらったほか、その年のセザール賞最優秀男優賞も獲得。その後も『ブラック・スワン』(2010)や『美女と野獣』(2014)など多彩な作品に出演し、16年にはグザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』でも話題に。
1967年11月6日、パリにて生まれる。当初はダンスを学び、ついでフロランの演劇学校で演技を、そして最後にFEMIS(フランス国立映像音響芸術学院)で演出を学んだ。イジルド・ル・ベスコを主演に迎え、みずみずしい映像を見せたFEMISの卒業制作中編「少女」(1998)が、一躍、ベルコの名を世界に知らしめることとなる。同時に、女優としても活動を開始し、クロード・ミレールの『ニコラ』(1998)、ベルトラン・タヴェルニエの『今日から始まる』(1999)と続けざまに出演して好演を見せ、女優としても非凡な才能を示す。2001年、自ら監督・主演した劇場用長編第1作『なぜ彼女は愛しすぎたのか』で、13歳の少年と30歳の女性の恋愛を描いてカンヌ映画祭のある視点部門に招待され、衝撃を巻き起こす。続く「Backstage」(2005)は、人気歌手と彼女を神聖視するファンの少女との関係を描き、テサロニキ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞。13年にはカトリーヌ・ドヌーヴをヒロインに迎えて「ミス・ブルターニュの恋」を撮り話題に。そして『太陽のめざめ』(2015)で15年のカンヌ映画祭のオープニングを、女性監督としては史上2度目、28年ぶりに飾るという快挙を成し遂げ、マイウェンの本作でカンヌ映画祭の女優賞を、『キャロル』のルーニー・マーラとともに受賞という栄誉を受けた。
1983年6月14日、パリにて生まれる。祖父は名優として知られたモーリス・ガレル、父は名匠フィリップ・ガレル、母は女優のブリジット・シィという映画一家に生まれ、幼少期より父親の作品に出演し、注目を浴び続けてきた。リセ・フェヌロンを卒業後、パリの国立高等演劇学校で本格的に演技を学び、2001年にはロドルフ・マルコーニ監督の『これが私の肉体』で本格的なスクリーン・デビューを飾る。さらに、03年にはベルナルド・ベルトルッチがパリ五月革命をよみがえらせた『ドリーマーズ』に出演し、それに並行してクリストフ・オノレ監督の常連俳優として『ジョルジュ・バタイユ ママン』(2004)、「パリの中で」(2005)、「愛のうた、パリ」(2007)、『美しい人』(2008)、『愛のあしあと』(2011)と出演を重ねる一方、父フィリップの作品にも『恋人たちの失われた革命』(2005)、『愛の残像』(2008)、『灼熱の肌』(2011)、『ジェラシー』(2013)と連続して出演を続けてきた。そのほか、女優ヴァレリア・ブルーニ=テデスキの監督作である「女優」(2006)、「イタリアのある城で」(2013)、ベルトラン・ボネッロの『SAINT LAURENT/サンローラン』(2014)などの話題作にも顔を見せ、自らも短編「小さな仕立屋」(2010)、「3人のルール」(2011)、そして15年には長編「ふたりの友人」を撮り、多彩な才能を見せつけている。
1982年11月22日、パリにて生まれる。母は女優として活躍したカトリーヌ・ベルコジャで、姉は本作の監督でもあるマイウェン。早くから女優を志し、エコール・エスティエンヌで学ぶ。エマニュエル・ベルコの短編「Les Vacances」(1997)に主演したのち、中編「少女」(1998)が世界的に注目を集めたのをきっかけに、主役のル・ベスコも一躍、その名を知られる。ベルコ作品には続く「Backstage」(2005)にも出演するが、それ以前、ラファエル・フリードマンの「グッバイ・バビロン」(2000)では、あこがれの男を追いかけて世界を旅する少女役を演じて強い印象を残す。さらに、ブノワ・ジャコ監督の『発禁本 SADE』(2000)、『いつか会える』(2004)、「L'Intouchable」(2006)、「肉体の森」(2010)など、脆くも妖しい少女像を演じ続け、『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー』(2010)、フランソワ・オゾンの『彼は秘密の女ともだち』(2014)などにも出演。その一方、自らも監督として短編のほか、2本の長編「Charly」(2007)と「Bas-fonds」(2010)を撮っている。
1974年12月27日、パリにて生まれる。両親はカリブ諸島の出身で、彼女自身も黒人系のカーリーヘアがトレードマークとなっている。イル・ド・フランス地方のヴィトリ=シュル=セーヌで育ち、ジャーナリズムとコミュニケーションを学ぶ。1990年代に、友人の勧めでシティ・モデル社が主催するモデル・オーディションに参加したのをきっかけにスカウトされ、その後、めきめきと頭角を現しスーパーモデルの仲間入りを果たす。ジャン=ポール・ゴルチエ、イヴ・サンローラン、ジバンシィ、クリスチャン・ディオール、シャネル、ケンゾーなどなど、名だたるメゾンの広告で活躍する一方、「VOGUE」や「ELLE」「Cosmopolitan」など、そうそうたるファッション誌の表紙も飾る。また、1996年にウディ・アレンの『セレブリティ』に出演したのをきっかけに短編映画にも出演するようになり、モデル外の活動も注目され、本作で本格的な女優デビューを飾る。